本日は第80回目の終戦記念日です。東京に住んでいた頃は毎年靖国神社に参拝していましたが、京都の護国神社は八坂さんや清水寺の近くにあるので、全然行けなんかしやしません。
亡き祖母の兄が支那事変で戦死して、靖国で祀られているのですが、かなりの凄腕スナイパーだったと聞いています。幸い、私は銃を持たずに済みそうだけど、それは単に運が良かっただけだ。
亡父は元自衛官だったけど、奴もまた運良く戦争に参加せずに済んだ。まあ、しょっちゅう殴り合いのケンカをする夢を見て、ベッドから転げ落ちていたらしいけどね。ちな、奴は空手三段だったので、ワイはタックルから寝技のコンボを散々練習したもんだ。
戦いと言えば、参政党です。相変わらずメディアからフルボッコにされているけど、叩かれる度に力をつけて、今や内閣が解散に踏み切れないほどの脅威になっているそうな。
まあ、党首が迂闊な人なので、そのうちコケるとは思いますが、今の所は見事なまでのタンクっぷりでヘイトを稼ぎまくっています。流石に与党になられちゃ困るけど、こういうタフな壁役が欲しかったんだ。
大体ね、現代の価値観で自分達の先祖を断罪してゲラゲラ笑う卑怯な奴等が、人としてマトモな訳ないじゃんか。人間は傲慢な生き物だから、いくら歴史を学ぼうが反省しようが、それだけじゃ進歩なんかしないんだよ。
知識と力は傲慢さに拍車をかけて、等身大の自分を見えなくさせる。知識に執着する奴は理論武装をして周囲にケンカを売りまくり、知識に依存する奴は理屈で感情を正当化する。
事の善悪を浅薄な知識で判断し、それが正しいと信じて疑わない奴なんざ、信用に値する訳がない。そんなのは、ただの決めつけでしかない。
傲慢な奴ほど綺麗事を言うし、世界も半分しか見ていない。でも、決めつけをしない人は増長などしようがないから、物事をキチンと考える。どんな奴でも人権って言えば勝ててしまう暗黒時代が、やっと終わろうとしているんだ。
靖国神社は顕彰施設だから、国という共同体を大事にする人だけが参拝すれば良い。私は祖母を靖国に連れて行き、神として祀られている兄と引き合わせた事を、今でも誇りに思ってる。
人間には英霊や顕彰という「物語」が必要だし、亡くなった人を神や仏と考えて全てを水に流すのは、不幸を減らす偉大な知慧だと思う。だって、1000年経っても恨み続けるとか、正気の沙汰じゃないもん。
戦争はしないに越した事は無いが、絶対に戦争にならないとも言いきれない。吹っ掛けられたら迎え撃つしかないから、残念ながら有事の備えは必要。そして戦没者の顕彰は、遺族の救済措置なんだ。