絶対の正義など無くて良い

4~9月の朝ドラは、戦争経験者をモデルにした作品が多い。そしてその作品には、必ず反戦平和のメッセージが込められている。今期の「あんぱん」は、アンパンマンの作者であるやなせたかしと、その妻がモデルだ。

戦争は国同士の殺し合いであり、負けた国は大いに国力を落とす事になる。敗戦を切っ掛けに滅んでしまう国もある為、戦争はハイリスク・ローリターンの割に合わない外交手段である事は疑いようも無い。

戦争によって極一部の人間は大儲けをするが、一般人は地獄を味わう事になる。故に、国民にとって反戦平和は基本思想であり、政府には武力衝突が派生する前に、対話と外交で問題を解決する姿勢と能力が求められる。

 

しかし、お互いに譲れないものがあって、対話と外交で解決する事が出来ない場合は戦争で解決するしかないし、軍事力に大きな差があると強い方が対話を拒む事もある。戦争反対と喚き散らすのは簡単だが、口先だけでは平和を維持する事は出来ないのだ。

反戦平和は絶対正義では無く、ある種の理想論に過ぎない。戦争などしないに越した事は無いが、戦うならタダでは済まないと思わせる必要がある。何故なら、敵国に「弱い、勝てる」と思わせてしまったら、笑顔で戦争を吹っ掛けてくるからだ。

日本国内には特攻隊を無駄死にと考える人が多いが、あれは弱い国が強い国に目にものを見せる為の最後の手段であり、骨を断たせて皮を切り、少しでもビビらせてやろうとしたのである。

 

一方的にイジメられた人間を、イジメた側が尊敬する事などあり得ないが、窮鼠の一噛みでちょっとだけ見直すという事はある。例え負けると分かっていても、勇敢さを示す為に戦わなければならない事はあるのだ。

自国を貶し、敵に阿る裏切者は、敵国の人間からしても卑しく見える。国の為に戦おうとしない者は、何も愛せず、誰を守ろうともしない。そういう人間は、目の前で自分の家族が殺されても、なりふり構わず逃走して生き残ろうとする。

どんなに賢く、膨大な知識を蓄えようとも、それだけでは人間にはなれないし、人間とは何かも分からない。そしてそれは、自分自身から逃げ回って、キチンと向き合おうとしなかった結果でもある。

 

本気で自分自身と向き合えば、己の卑怯さを許せなくなる。誇り高い人間は、自己を尊しとする為に犠牲を払う事を厭わないし、良く知らない他人を見下して嘲笑するほど暇でも無い。

後出しジャンケンよろしく、現代の価値観で過去の人物を断罪したり、無駄死にだとディスるような心無い人間が、誰かに尊敬される事は無い。その手の輩の理屈や暴言では他人は動かないし、何も変えられない。

言論の自由は保障されるべきだが、誰かを断罪したり、愚弄すれば、相応の批判が返ってくる。発言には責任が伴う以上「私は正しい、私以外みんなバカ」という開き直りは通用しない。

 

因みに、やなせ氏は敗戦による正義の逆転を経験したが、空腹は真実と考えた。そして「覆らない正義」とは、戦場で飢えている子供に食物を分け与える事と定義した。その正義の象徴がアンパンマンである。

正義は人の数だけあるものだが、だからこそ対話が必要とも言える。むしろこの世に絶対の正義があると考えて、対話を拒否する方が危険なのだ。