若い頃は自分が嫌いで、他人も嫌いで、社会も、世界も、宇宙も、何もかも嫌いでした。何故なら、この世の全ては私の理想通りであるべきなのに、そうでは無かったからです。
実際は理想どころか、自分は出来損ないのゴミクズだし、他人は意地が悪い奴ばかりだし、社会や世界は弱肉強食の地獄でしかありません。これでは宇宙は何の為にあるのか、万物は何の為に存在しているのか分かりゃしない。
だから、こんな世界など無い方が良いんじゃないかと、心の底から思ってました。でも、私の理想には非現実的な所が多かったし、この宇宙の全てがダメダメなのも私の所為ではありません。
なので、責任の所在について全力で考えていたら、ふと「この宇宙には、元々の色が無い」という事に気づいたんです。言うならば、私の理想は宇宙の色であり、私自身が宇宙に色をつけているのに、その色を死ぬほど嫌っていたって感じですかね。
この事に気づいた時は、余りのアホらしさに開いた口が塞がりませんでした。だからそれ以降は、宇宙や、世界や、社会や、自分自身に、色をつけるのを止めました。すると、余程の事以外は嫌えなくなるんですよ。
色というのは評価の事であり、スピリチュアル界隈で言う所のジャッジという奴です。我々は脊髄反射で物事をジャッジする癖がついてしまっているんですけど、その仕組みに気づけばジャッジを止められます。
たったそれだけの事で、物事に自分のメンタルを反映させなくて済むようになるのですが、一つだけ難問があります。それは、ジャッジのシステムを腑に落とす事です。頭で理解するのではなく、腑に落とすのが難しいんです。
頭での理解は脳に情報をインプットすれば良いだけですが、腑に落とすには体験による直知か、ある種の閃きが必要になります。そしてその閃きは、自己洗脳をしたり、誰かから叩き込まれるような形で身に付けるものでは無いんです。
でも、この世の全てに色が無いという事が腑に落ちてからは、宇宙の塗り絵を自由に楽しめるようになりました。何せ、何色に塗りたくろうが、元々の色が無いという事実は変わりませんからね。