衣食住・性戦坐学

古代中国の諺(ことわざ)に、「衣食足りて礼節を知る」というのがあります。これは食物と衣服が不足していては、礼儀や節度を弁(わきま)えるだけの余裕が無いという意味です。

生活の3本柱である衣食住が不足していると、生きる事だけで精一杯になってしまいます。そうなると娯楽に興じたり、学業に励む余裕も無くなり、非常に殺伐とした環境になる訳です。

今の日本で衣食住が不足する事はあまり無いと思うのですが、G7の中では最も国民生活の幸福度や満足度が低いとされています。つまり、日本人は人生を楽しむのが下手になって、ストレスフルな社会しか作れなくなっているという事です。

 

個人的には、国民全員が豊かな生活に慣れ過ぎて、幸福や満足のハードルが高くなっているとは思います。ですから、短期間でも貧しい生活を送れば、我が国の豊かさと文化の有難さを再認識する事が出来るのではないでしょうか。

因みに、私は旅先で取材量と移動速度を上げる為に、心身の健康を維持できるギリギリまで生活レベルを落とす限界キャンプをよくやります。帰宅すると過労で2~3日は寝込みますが、その代わり自宅の有難さを心底から味わえます。

朝から晩まで大雨の日に限界キャンプをした時は、流石に途中で心が折れかけましたが、帰る家があるから耐えられたというのもあります。一応、動画を作ってあったので貼っておきますが、そんなに楽しいものではありません(笑)

 

 

 

衣食住を楽しむには、ファッションを自己表現と捉え、食事を全世界の食文化継承と考え、住居が心身の安全を保障する事を実感するのが一番です。そのようにして衣食住を突き詰めれば、一生楽しめる趣味になります。

それに加えて、性の喜びを深める方法と、価値観と利害が一致しない敵との戦い方、心を落ち着かせて集中力を高める瞑想法を学べば、誰もがそれなりに充実した人生を送れる筈です。

自分なりに衣食住・性戦坐学を突き詰めれば、自分なりの世界観が確立します。確固たる世界観と、熱中できる趣味を持つ人は孤独に強くなりますし、生きる環境さえ間違わなければ発達障碍や毒親育ちでも人生を楽しめると思うんですよ。

 

しかし、今の日本人はほぼ全員が性嫌悪症戦争恐怖症を患っていますし、宗教蔑視の傾向も強いので、偉大な先人が遺した叡智や、坐禅瞑想といった行法への理解も極端に低かったりします。

生物としての基本を大切にしない社会は病んでいますし、病んだ社会に属していたら人生を楽しめる訳がありません。社会そのものが牢獄と化していて、奴隷の平和に甘んじる日々に疑問さえ感じないのは、それだけ精神が麻痺しているからです。

そもそも人間は、己の人生が無意味・無価値になる事を何よりも恐れ、何らかの形で生きた証を残したいと考える生き物です。でも、優秀な奴隷は「牢獄が命を守ってくれる」と考えて、残りの人生を自己正当化に費やします。

 

死ぬのが怖い、貧困が怖いというのは分かりますが、それは完全に避け切れるものでもありません。命を守ってくれるのは牢獄と化した社会だけではありませんし、人は死して名を残すという言葉もあります。

結局、どう生きて、どう死ぬかは本人の自由なので、他人の生き方を否定する気はありません。でも、死せる餓狼の自由とか、心を燃やせというセリフに胸が熱くなる人も居るのですから、他人を牢獄に押し込めようとするのはどうかと思います。